HOME > 2015年4月の記事一覧 > 台湾がなぜ親日国かその理由・背景を集めてみた

ニーハオ!ザニーです($・・)/~~~

これまで何度も台湾の親日度をアピールして参りました。
私達台湾在住の日本人はその恩恵を受けて日々暮らしています。
レストランのメニューは日本語がだったり、
タクシーでは演歌が流れていたり、
日本人と答えるとテンションを上げてくれたりと。

実際台湾へ行ったことない日本人の方でも台湾が親日国という認識はあると思いますが、
そもそも何故台湾がここまでの親日国家であるのかを説明できる人は多くないかと思います。

昔、台湾は日本が統治していたから?

いえ、その理屈のみだと近隣国も親日になっていてもおかしくないですよね。

ご存知の通り、台湾は東日本大震災発生後に総額約280億円を援助してくれた大親友です。

その日台の絆は70年前に日本が50年間(1895-1945年)統治していた頃から始まったのですが、日本と台湾は1972年日中共同声明を機に国交を断絶しております。日本は国連に加盟していない中華民国(台湾)を国として認めない立場をとっており、スポーツの国際大会では「チャイニーズタイペイ」と表記させています。これらの歴史を経ても現在尚、親日である台湾の姿勢の背景にはとても深いものがあると想像はできましたが、その神髄までは日本では見つけることが出来ず、私はそれを探し当てる為に台湾へ住み始めたといっても過言ではありませんでした。
※震災後に台湾がしてくれたことについてはコチラをご覧ください。

今回は私が台湾に1年住んで、現地側(台湾国内)で集めた情報をもとに解説させて頂きたいと思います。

まず台湾が親日である理由・背景は大きく6つに分類できます。


①台湾の英雄達の影響
②日本統治時代の影響
③戦後中華民国へ返還後の影響
④戦後の日本企業の影響
⑤近代の日本の流行・文化の影響
⑥親の影響

一つずつ掻い摘んでシンプルに書いていきますね!

えっと、まず初めに

①台湾の英雄達の影響


台湾には英雄と称えられている三人の歴史上人物がいます。
それは鄭成功、孫文、蒋介石
この三人がいずれにしても日本と深く関わってきた人物であります。

では、一人ずつ何をした人か、どう日本に関わってきたか解説します。

鄭成功



明王朝に仕えた人物で、1661年清王朝に大敗し、中国大陸を追われ台湾へ侵攻。
当時、台湾はオランダ東インド会社領となっていましたが、これを壊滅し台湾を占領します。
これが歴史上初、台湾が中華圏の領土になった時になります。
で、その台湾統一をした英雄の鄭成功の母親は日本人
七歳まで長崎県平戸市で育った九州男児で日本語ももちろんネイティブレベル。
その戦術は日本の武士そのものだったそうです。

孫文



1912年中国で辛亥革命を起こした中心人物で、当時の清王朝の滅ぼし、現在台湾に位置する中華民国を築き上げた革命の父です。(オフィシャルには台湾は島の名前、中華民国が国家名)。
現在の100元紙幣にも登場する人物ですが、数度の亡命も含めて何度も日本を訪れています。中山樵(なかやま きこり)という日本語名もあります。1905年から東京で革命結社と手を組んで、清王朝壊滅を目指し組織的な活動を展開していったそうです。


蒋介石



辛亥革命の功績を孫文に認められ出世。
以降中国国民党総裁及び中華民国国家主席の地位に死去するまで君臨。
20歳で日本へ留学し、22歳で大日本帝国陸軍に勤務した経歴を持つ。
第二次世界大戦後、戦勝国となった中華民国の国家主席だった蒋介石は、日本へ賠償請求は一切せず、さらには連合国による日本を分割占領に強く反対した。また戦後台湾が中華民国へ返還された後は、日本人を捕虜としたり、虐待することなく、すぐ帰国の手続きをとらせた。



これら強大な影響力を持つ三人の英雄達が日本に深く関わってきた事実が、国民一人一人に親日感情に影響を与えていることがいえます。


②日本統治時代の影響


1895年、日清戦争に勝利した日本は、日清講和条約により清王朝から台湾を割与されました。
当初上陸した日本軍と本省人との間で武装闘争になりましたが、約5カ月で完全制圧。
初めは欧米諸国と同じく資源の一方的略奪と、安価な労働力の収奪による植民地支配を計画していましたが、1898年児玉源太郎が第4代総督になってからはその方向性を次第に修正し、莫大な国家予算を費やし、土地改革、ライフラインの整備、アヘン中毒患者の撲滅、学校教育の普及、製糖業などの産業の育成を行うことにより台湾の近代化を推進した。1919年からは台湾民衆を完全な日本国民とし、国家国民としての観念を植えつけた。現に台湾元総統の李登輝は1923年台北淡水の生まれで21歳(1945年)まで自分は日本人であったと表明している。

参考:台湾に残る日本統治時代の歴史的文化財巡り

それでは台湾人と日本人が共存していた当時の様子を物語っている歴史的文化財を紹介します($・・)/~~~

鳥山頭ダム



台南にある鳥山頭ダムは日本人技師八田興一を中心に10年かけてダムを建設し、八田記念館の中には日本人と台湾人が参加しているダム完成を祝う行事の写真がありました。

飛虎将軍廟



祭壇には日本と台湾の国旗が並んで立っていました。
こちらは台湾人をアメリカの空襲から守ったとして、神になった日本人が祀られていました。
詳しくは台湾一周!台南誇り高き日本人の魂が眠る街

豊田神社



花蓮には豊田移民村と呼ばれる地域があり、1914年に移民達で造られた豊田神社というものがありました。台湾返還後、碧蓮寺と改名されましたが、当時の鳥居や建物は現地の方々のお陰様で現在も残っていました。
詳しくは台湾花蓮 日治時代に生きた日本人移民達の軌跡

紅毛保安堂



高雄には日本の軍艦を祀ってあるお寺があります。
当時の台湾民衆のアイデンティティは日本国民であり、同じ日本軍であったと書いてありました。

これらの統治時代の歩みを見ても当時の台湾人は日本国民の誇りを持っていたとされています。

③戦後中華民国へ返還後の影響


1945年第二次世界大戦敗戦を機に、日本は中華民国へ台湾を返還しました。
蒋介石率いる国民党政府が台湾へ上陸し、二・二八事件をきっかけに外省人と本省人の間で衝突が頻繁に起こり、蒋介石は恐怖政治により徹底的に弾圧し、政治・経済・教育・マスコミなどの独占。同時に台湾語、日本語の使用禁止。台湾人の抵抗意識を奪うために、知識階層・共産主義者を中心に数万人を処刑したと推定されています。ちょうどこの70年前から台湾では中国語(北京語)が公用語として普及していきました。
(本省人:この以前から台湾にいた人、内省人ともいう)
(外省人:この時、蒋介石と中国大陸から来た人)

この当時の国民党政府のやり方があまりにも残虐で、本省人のほとんどが日本統治時代を美化するようになった。
当時外省人との衝突に日本人が助けにきてくれると本気で思っていたと話してくださったご老人にもお会いしました。



④戦後の日本企業の影響


日本政府は戦後も約30年間は中華民国との国交履歴が残っているが、田中角栄政権時に発足した日中国交正常化(日中共同声明)をきっかけに台湾と国交を断交した。
が、企業、個人ベースでは取引が続いていた。統治時代の日本資産(金融・証券・保険・鉄鋼・造船・アルミ・糖業・鉱業・石油・鉄道・通信・公路)は公営企業として台湾国内で継承され、これが台湾の主要産業としてその後も高度経済成長を遂げる日本企業に関わってきました。
現在台湾国内シェアNo.1のKymcoという原付メーカーも以前は「光陽ホンダ」という名でホンダの技術提供を受けていたメーカーで、1995年に「のれん分け」というかたちで独立を果たしたそうです。


国家間での関係はなくなっても、企業間では未だに日台間の絆が生きていたということです。

⑤近代の日本の流行・文化の影響


90年代、台湾で日本のファッションや音楽など現代大衆文化を愛する「哈日族(ハーリー族)」と呼ばれる集団が急増し社会現象になりました。現在台湾のスター羅志祥(ルオ・ジーシァン、英語名:ショウ・ルオ)や楊 丞琳(ヤン・チェンリン、英語名: レイニー・ヤン)も哈日族でだったそうで本人達は日本語を話せます。

台湾国内で流行っている日本のものに関しては、こちらに分野別でまとめてありますのでご覧下さい。
台湾で流行・人気の日本のもの8選 その1
台湾で人気・流行の日本のもの8選 その2

次に日本のサブカルチャーに魅了された台湾の若者にお会いした時の写真をお見せします。

コスプレ会場にて



参考:台湾人コスプレイヤー総勢30名@同人誌即売会に潜入の巻

メイド喫茶にて



参考:台湾秋葉原とメイド喫茶でにゃんの巻

現在、台湾でも韓流ブームの到来でやや日本が押され気味だそうですが、
AKB48や進撃の巨人やふなっしーなどが台頭しております。
台湾国内で日本派、韓国派で白熱した議論が展開されているそうです。

⑥親の影響


結局はこの影響が最も大きいと思います(*_*)
台湾人は血のつながりをとても大事にし、家族や親戚といる時間を多くとります。
台湾には台湾語という約350年話されている言語がありますが、それには文字が存在しません。つまり教科書が存在しないのです。親から学ぶほか方法がないのです。それにも関わらず未だ継承され続けているのは、親子間のコミュニケーションがとても深い台湾人の気質の表れだと思います。日本人だって学校の教科書は標準語ですが、方言を話しますよね。それと同じだと思います。

統治時代を生きた祖父母の世代、経済成長期を生きた父母の世代に映った日本という国が次世代へ真っ直ぐに伝えられているのだと思います。台湾はそれを大切にする国柄なのです。

てなわけで、台湾がなぜ親日国かその理由・背景を6つの観点から集めてみました。

今後私達も次世代へ日台の絆を継承すべく責任を持って取り組んでいく所存です。
参考:日本と台湾の物語

では、お読み頂き有難う御座いました。

再見($・・)/~~~

この機会に台湾を知ろう!


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